2013年10月6日日曜日

倭姫命世記:五十鈴河上


 『伊勢神宮』
 遷宮
 『Google画像検索:伊勢神宮』
 『Yahoo画像検索:伊勢神宮』


 『倭姫命世記:五十鈴河上』

 二十六年[丁巳]冬十月[甲子]、

 天照太神を奉遷し、度会の五十鈴の河上に留る。

 この年に、倭姫命は、大幡主命、物部八十友諸人たちに詔ふ。

 「五十鈴原の荒草・木根を苅り掃ひ、大石・小石を造り平げて、

  遠山・近山の大峡・小峡の立木を斎部の斎斧で伐り採り、

  本末は波山祇に奉祭り、

  中間を持出し来て斎鋤で斎柱を立て〔一名天御柱、一名心御柱〕、

  高天原に千木高知りて、下つ磐根に大宮柱広敷立て、

  天照太神並びに荒魂宮和魂宮と鎮まり坐し奉る。」

 美船神、朝熊水神たちは、御船に乗って、五十鈴の河上に遷幸した。

 この時、河際で倭姫命の長い御裳の裾の汚れを洗はれた。

 以来、その河際を御裳須曾河といふ。

 采女忍比売に、天の平瓮八十枚を造らせ、

 天富命孫に、神宝鏡・大刀・小刀・矛楯・弓箭・木綿等を作らせ、

 神宝・大幣を備へた。

 皇太神が倭姫命の夢に現はれ、

 「我、高天原に坐して、甕戸に押し張り、

  むかし見て求めし国の宮処は是処なり。鎮り定り給へ」と諭された。

 倭姫命は、御送駅使安部武渟河別命、和珥彦国茸命、中臣国摩大鹿嶋命、

 物部十千根命、大伴武日命、度会大幡主命等に、夢の状を教へ知らせた。

 大幡主命は悦び、

 「神風の伊勢国、百船 度会県、

  さこくしろ宇治の五十鈴の河上に鎮り定まり坐す皇太神」と

 国寿き申し上げ、終夜ら宴楽舞歌し、日小宮の儀の如く祭った。

 倭姫命は、

 「朝日来向ふ国、夕日来向ふ国、浪音聞えざる国、風音聞えざる国、

  弓矢柄音聞えざる国、打まきしめる国、敷浪七保国の吉き国、

  神風の伊勢国の百伝ふ度会県の さくくしろ五十鈴宮に鎮り定り給ふ」と、

 国寿きされた。

 送駅使が朝廷に還り上り、倭姫命の夢の状を返事申上げると、

 天皇はこれを聞こし食して、大鹿嶋命を祭官に定め、

 大幡主命を神の国造兼大神主に定められた。

 神館を造り立て、物部八十友諸人等を率ゐて、

 雑雑の神事を取り総べ、天太玉串を捧げて供奉させた。

 よって斎宮を宇治県の五十鈴川上の大宮の際に興し、

 倭姫命をして居らしめた。

 また八尋機屋を建て、

 天棚機姫神の孫八千々姫命に大神の御衣を織らしめることは、
 
 天上なる儀の如し〔宇治機殿と号す。一名を礒宮〕。

 次に、櫛玉命、大年神、大山津見山神、

 朝熊水神等が饗を奉れる彼処に神社を定められ、

 神宝

 〔伊弉諾伊弉冉尊の捧げ持つ白銅鏡二面のこと。

  日神月神の化れる鏡で、水火二神の霊物となす〕を留め置いた。


 古代史ブログ講座

 《古代史ブログ講座》ヘブライ・イスラエルの語義と祝祭

 出典:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 《Key Word》


 『My ブログ』
 スメル8千年
 古代メソポタミア
 歴史徒然
 ウワイト(倭人):大学講義録
 ウワイト(倭人)大学院講義録 
 オリエント歴史回廊(遷都)
 古代史つれづれ 
 古代史の画像
 ネット歴史塾
 古代史ブログ講座
 ネット歴史塾
 ひねもす徒然なるままに    
 「終日歴史徒然雑記」
 「古代史キーワード検索」

 《参考》
 世界史年表・地図
 日本史年表・地図
 古代史年表・地図
 オリエント史年表・地図
 メソポタミア史年表・地図
 大シリア史年表・地図
 小アジア史年表・地図
 ペルシア史年表・地図
 イラン史年表・地図
 インド史年表・地図
 西アジア史年表・地図
 "南アジア史年表・地図
 中央アジア史年表・地図
 北アジア史年表・地図
 東南アジア史年表・地図
 東アジア史年表・地図
 中国史年表・地図
 朝鮮史年表・地図
 ヨーロッパ史年表・地図
 ギリシア史年表・地図
 エーゲ海史年表・地図
 エジプト史年表・地図
 北アフリカ史年表・地図
 考古学ニュース
 装飾古墳
 古代時代の考古学の最新発見・発表・研究成果
 最新の考古学的発掘の方法
 存在価値が問われる我が国の発掘考古学の現状

0 件のコメント:

コメントを投稿