2013年10月10日木曜日

伊勢神道(いせしんとう)(2)


 『伊勢神宮』
 遷宮
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 出典:「仏教史大辞典」66~69頁

 伊勢神道(いせしんとう):2

 「周辺の主要な文献〕

 伊勢神宮の外部の人々の手になる書で、

 伊勢神道教説の成立と展開を知る上で重要なものも少なくない。

 たとえば無住は弘長のころに伊勢神宮に参詣しており、

 『沙石集』には形成期の伊勢神道の側面を伝える説話が収められている。

 参詣記の中で特に重要なものは『通海参詣記』 であろう。

 通海は真言宗の僧であったが、伊勢神宮の祭主大中臣隆通の子であったから、

 神宮に関する知識も豊かであり、僧侶の立場で弘安のころの状況を記述している。

 また坂十仏『伊勢太神宮参詣記』は家行の教説を参詣者の立場で記録している。

 参詣記以外では天台宗の僧慈遍が著わした

 『神懐論』『旧事本紀玄義』『豊葦原神風和記』をあげねばならない。

 慈遍はト部氏の出で、吉田兼好の兄弟にあたる。

 その神道説には伊勢神道の影響が強くあらわれており、

 伊勢神道を発展させ吉田神道をはじめ他の神道説へと

 影響を及ぼしている点で重要である。

 また北畠親房の『神皇正統記』や『元々集』が

 伊勢神道の影響を強く受けていることはよく知られている。

 〔教説の特色〕

 以上の典籍を概観し、

 そこで主要な論点となっている問題を通じて教説の特色を考えると、

 第一に伊勢神宮の由来についての論述をあげねばならない。

 この点で作者たちの古典に関する知識は必ずしも豊かではなく、

 『日本書紀』をはじめとする国史はあまり参照されておらず、

 『古事記』もほとんど読まれていない。

 おそらく神宮に伝えられていた古伝承をもとにして、

 京都の公家知識人との交流のないところで作られたものと思われる。

 古伝承という点からみて重要な部分は

 神宮の伺官が伝えていた禁忌に関するものである。

 伊勢神宮は他の神社に比してきわめて厳格な禁忌を守っていたらしく、

 仏教との緊張関係も強かったから、それが神道説を生み出す力にもなっていた。

 第二の論点は内宮と外宮の関係についての主張である。

 それはたとえば外宮の祭神である豊受大神はまたの名を

 御饌津神というが、「ミケツ」のミは水であり、五行説でいう水徳にあたる。

 水は万物の根源であるから、豊受大神は根源神であり、国常立尊と同一であるという。

 また内宮の祭神天照大神は地神の祖であり、

 外宮の祭神は天御中主神の祖であるとし、天地・日月などに内外両宮を付会して、

 両宮の関係は二宮一光に帰すると説く。

 こうした論法の中心になっているのは密教的な習合思想で、

 密教の金剛界・胎蔵界に両宮を付会するなどによってすべてを神秘化し、

 権威づけようとする傾向が強い。

 さらには陰陽五行説や老荘の説などもとり入れて神宮の諸事を説明するところは、

 参詣者を納得させようとした詞官の意図が見てとれる。

 第三に大きな論点となっているのは神と仏の関係である。

 天照大神と豊受大神はともに無上の神であり、仏の根本であると説く神主仏従の思想は、

 神道説の発展とともに変化を示しているが、元来日本の神の神格が不明確である上に、

 仏教と対抗しようとしても仏教というものを適確に把握することはきわめて困難であったから、

 神や仏の性格という点で両者の優劣を考えるという方向へは進まず、

 いずれがより天地開開の昔に近いか、万物の根源に近いかという形で論断する傾向が強い。

 そうして家行の教説では天地開開の直前における空無の瞬間を

 神の境地であると説く一種の神秘主義となっている。

 そこで第四に神道説の唱える実践の問題となるが、

 それは清浄・正直の心の状態を実現し、

 一心不乱に祈藤することが肝要であると説かれる。

 この神秘主義的な体験を得るためには厳重な禁忌が必要であった。

 第五に政治思想の側面を見ておかねばならない。

 もともと都から離れた伊勢の神職団の内部で生まれたこの教説は、

 きわめて観念的な政治思想しか持っていなかった。

 しかし、伊勢神宮の権威を宣伝し、仏教に対する神道の立場を主張した結果、

 統一的な国家の権威を説くようになり、神と天皇の合一を説くようになった。

 王法と仏法が相即していた状態が解体した時には神道による秩序の回復が

 あるべき方向だと考えられたのである。

 しかし、清浄・正直の心と祈祷では現実の政治過程に対処できなかった。

 北畠親房や慈遍が儒教をはじめとする政治思想を別にとりいれることによって、

 新しい思想を展開していることに、そのことはよく示されている。

 伊勢神道は共同体的な祭祀によって成り立つ神社の信仰と、

 教説を掲げて新しい教団を組織して行く方向との両面を持っていたが、

 実際に教団を組織することはできなかった。

 「参考文献」

  吉見幸和『五部書説耕』

  大西源一『大神宮史要』

  宮地直一『神道史』

  中一、津田左右吉『日本の神道』(『津田左右吉全集』九)

  西田長男『日本古典の史的研究』

  久保田収『由世神道の研究』

  萩原竜夫『中世祭肥組織の研究増補版』

  (大隅和雄)


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