2014年8月31日日曜日

銅鐸の古代呼称が判明した(8)銅鐸は日本人が発明したのか

 浦和レッズレディース
 古代史ブログ講座

 銅鐸の古代呼称が判明した(8)銅鐸は日本人が発明したのか

 『魏書倭人章』には全く書かれていないのに、

 当時まちがいなく近畿中心に、

 栄えていた重要な文化財に銅鐸がある。

 当時として非常に進んだ造型と鋳造技術、
 
 また突然の出現などからみて、

 それは日本だけの発明品でなく、

 どこかに先行文化があったとみるほかない。

 それがどこから来たかを物語るものは、その形や文様である。

 弥生文化のルーツにそって、

 共通の形をもったものを集めてみると、

 銅鐸自身の意義と同時に、

 それを作った人々の正体も明らかになる。


 <写真>

 1 謎の銅鐸型祭器(伝鹿児島県出土)

 2 カンタロス型祭器(べトナム)

 3 絵画銅鐸(神戸桜が丘4号鐸レプリカ)

 4 甬鐘(中国春秋時代)

 5 バンチェン土器(タイ国4000年前)

 6 銅腕輪(タイ国バンチェン4000年前)

 7 ">銀ベルト(タイ山地民族19世紀)

 8 大香炉(韓国高麗時代)

 ※出典:加治木義博『日本人のルーツ』46、47頁

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ 

銅鐸の古代呼称が判明した(7)神社建築はどこから来たのか

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 銅鐸の古代呼称が判明した(7)神社建築はどこから来たのか

 『倭人章』には邪馬台国には卑弥呼の宮室と共に、

 「樓観」があったことを記録している。

 樓は二階建て、観は道教の教会のことである。

 香川県出土の銅鐸には、

 カレン人の造る竹の神殿そっくりの絵が描かれ、

 高い床、梯子、棟持柱などがはっきりみえる。

 棟持柱は今も伊勢神宮の建築に残るが、

 東南アジア各地に現存する特徴ある様式である。

 33ページのベトナム出土の銅鼓(どうこ)の絵も、

 棟持柱を描いてあるが、さらに注意してみると、

 その独特の形の屋根は、スラウエシ島に現存する神殿や、

 奈良県出土の「家屋文鏡」の建物と同型で、

 しかも屋上にわざわざ鳥の絵が描いてある点まで同じだ。

 このことは鳥居と同じ鳥がいることと共に、

 これらが神殿であることと、銅鐸、銅鏡、銅鼓は、同系の文化であり、

 技術者の作品だと考えられる。

 鏡の絵にはないが、他の写真を見て戴くと、

 建物は支えずに屋根の棟木の端だけを支えている柱が棟持柱である。

 筆者は、タイ国西部のメーホンソン付近で、

 カレン人が焼畑の豊作を祈るために、

 右ページの銅鐸の絵そっくりの高さ1mほどの神殿を、

 細い竹で作るのを実見したが、それにもこの棟持柱が、

 ちゃんと添えられていた。


 <写真>

 ●銅鐸の棟持柱のある神殿図

 ●伊勢神宮神明造りの棟持柱

 ●家屋文鏡の神殿と鳥:奈良県出土:宮内庁蔵

 ●トラジャ族の神殿模型:インドネシア・スラウエシ島

 ●銅鼓上面に描かれた神殿図

  上の家屋文鏡の絵やトラジャ神殿と見比べてほしい。

 ※出典:加治木義博『日本人のルーツ』32、33頁


《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
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 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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銅鐸の古代呼称が判明した(6)

 浦和レッズレディース
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 《古代史ブログ講座》銅鐸の古代名称が判明した

  ―その用途・機能・金属成分・製造地・発掘状況からの考察― 

  出典:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 講師:歴史研究家 黒田 光一

 銅鐸の古代呼称が判明した(6)

 ◎ 銅鐸は日本では約500個弱出土確認されている。

 ◎ 福田型銅鐸  全国中国地方 4個

          広島市福田木    宗山遺跡

          岡山市足守     上足守

          鳥取県西部     伝伯耆

          島根県出雲市    伝出雲

 <特徴>

  ① 顔や眼が描いてある

  ② 真中に人が万歳(バンザイ)した図柄がある

  ③ 小鼻がふくらんだ目鼻が描いてある

  ※吉野ヶ里と同じ仲間の銅鐸である

 (その他)

  黄帯文、複合鋸歯文、黄帯文に綾杉文や、斜格子文がる。

  黄帯文の間には渦巻文がる。

 <九州出土の福田型> 鋳型が出土している

  佐賀県鳥栖市 安永田遺跡

  佐賀県鳥栖市 本行遺跡

  福岡市    赤穂ノ浦遺跡

 ◎ 北部九州で製造⇒製品は中国地方に広まる

 ◎ 銅鐸は近畿地方を中心に分布しているが、

   一番古いものは福田型銅鐸で九州で製造した。

   ↑佐原氏は反対 もっと古い銅鐸があると言った

   弥生の前期末に近畿で作られた

   京都府日向市 鶏冠井遺跡

          鋳型の破片が出土。

          土器が一緒に出土。

          その土器は弥生の前期末から中期初めのものであった。

  ★ 一番古い銅鐸の原料は朝鮮半島南部で産出。

    その後材料は中国から入手する。

  ★ 福田型銅鐸の鉛同位体を分析すると中国産の原料であった。





 第4表 銅鐸の化学分析値
  ──────────────────────────────────
          分析値%     分析者  文献    分類
  ──────────────────────────────────
 銅鐸名    Cu  Sn  Pb           亀井  馬淵・平尾
                         (元素組成) (鉛同位体)
  ──────────────────────────────────
 泊      74.46 14.25 7.65 亀井 清 註(2)   A     α
  ──────────────────────────────────
 神於     75.9  12.5  5.92 山崎一雄 註(5)   A     α
                 (平均値)
  ──────────────────────────────────
 神戸     83.84 7.62 7.63  近藤眞澄 註(14)   B     β  
  ──────────────────────────────────
 倭文     85.88  3.49 8.89 亀井 清 註(2)    B     β 
  ──────────────────────────────────
 栄根     90.87  4.17 4.27  近藤眞澄 註(13)   C     γ
  ──────────────────────────────────
 (伝)羽曳山* 87.91  4.52 3.38 亀井 清 註(2)    C     γ
  ────────────────────────────────── 
 堂道     89.14 4.93  2.66  田辺義一 註(15)   C     γ
  ──────────────────────────────────
 *亀井論文では羽曳野となっている。

 第11図 小銅鐸、銅鍑・中国鏡の鉛同位体比分布(A式図)

  小銅鐸二個と銅鍑が近畿式・三遠式銅鐸(右上方の楕円形点線)と
 
  同じ同位体比をとることに注意

 ★今まで同鏃をはじめ、

  弥生時代の武器や兵器が大量に出土しているが

  材質面の研究は少ない。

  実戦の武器は「見かけ」ではない、

  いかに優秀な機能を備えた武器を手にするかである。

  有力部族は優秀な武器を作る工人集団を自ら抱えている。

  常に最先端の武器の安定供給をめざしたに違いない。

  特赦技能を持つ工人は特権扱いだったのだろうか。

  工人集団自体が古代においては部族間の紛争の対象に成っていた。

  参考文献②参照

 『結論』

 ① 弥生時代に米作りと同時に金属器が日本に入って来た。

   銅鐸は朝鮮式小銅鐸を改良、用途も日本では変化した。

   元々家畜を使わない農業が変化させた。

 ② 銅鐸の発生は弥生の前期後半から中期後半と説が分かれる。

 ③ 青銅器を製作する技術者は王権とワンセットであった。

 ④ 王権と剣がポイントである。

   剣を黄金色にして生血を捧げる征服した民への儀式として

   捕虜の頚動脈を切る儀式に使われた。

 ⑤ 技術者は材料問屋とネットワークで繋がっていた。

   そうでないと常勤専門技術者として仕事を続けられない。  

 ⑥ 材料卸業者においては材料が届き

   相手側が代金を払ってくれないと成立しない。

 ⑦ 王権側が資金と運送、技術者の生活を賄った。

 ⑧ 王権、運送業者(海運、陸運、防衛)、技術者、材料問屋と

   四者がワンセットで成立していた。

 ⑨ 青銅器は剣がポイントであるが

   銅鐸は王権から少し離れ各村々の要請に応じて作り
  
   強い統一国家が生まれる前後に一斉に破棄されたものである。

   その後の技術者は鉄器生産に従事させられたのであろう。  

 <参考文献>

  ① 日本の歴史 1 日本人の誕生 佐原眞 小学館

  ② 金・銀・銅の日本史 村上隆 岩波書店

  ③ 『展望日本歴史3 原始社会』石川日出志・小杉康編 東京堂出版

  ④ 考古学の最前線

    -ここまでわかった日本列島-安蒜政雄・石川日出志 学生社

  ⑤ 出雲の銅鐸 佐原眞・春成秀爾 NHKBooks

  ⑥ 対論銅鐸  森浩一・石野博信 学生社

  ⑦ 歴史から消された邪馬台国の謎 豊田有恒 青春出版社

  ⑧ アッティラ大王とフン族 -<神の鞭>と呼ばれた男

    カタリン・エッシェー ヤロスラフ・レベンスキー

  銅鐸分布考
  日本書紀の解明・・邪馬台国と大和王権
  青銅器の鉛同位体比の秘密
  新しく銅鐸出土地名表
  銅鐸に伴う「舌」について

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

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、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2014年8月30日土曜日

銅鐸の古代呼称が判明した(5)

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 《古代史ブログ講座》銅鐸の古代名称が判明した

  ―その用途・機能・金属成分・製造地・発掘状況からの考察― 

  出典:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 講師:歴史研究家 黒田 光一

 銅鐸の古代呼称が判明した(5)

 <先人三人の分類(三木文雄、佐原眞、杉原)壮介の共通点>

 ① 銅鐸の初期形式の中に朝鮮系遺物タイプである。

 ② 中間期には前漢鏡タイプがある。

 ③ 末期の近畿式と三遠式は材料がほとんど同じである。

 第3表 方鉛鉱の鉛同位体比(日本産方鉛鉱については前報参照)
 ──────────────────────────────────
                 206Pb   207Pb  208Pb  207Pb  208Pb
                       ───  ─── ─── ──  ───
  No.   鉱山名          204Pb   204Pb  204Pb  206Pb  206Pb 
 ──────────────────────────────────
 GC-1  安東青城子(中国遼寧省)  17.836  15.598 38.141 0.8745 2.1384

 GC-2  錦西   (中国遼寧省)  16.521  15.292 36.708 0.9256 2.2219

 GC-3  水口山A  (中国湖南省)  18.412  15.643 38.645 0.8496 2.0989

 GC-4  水口山B  (中国湖南省)  18.504  15.693 38.784 0.8481 2.0960

 GC-5  中国遼寧省               16.455  15.267 36.601 0.9278 2.2243

 GK-1  大倉 (北朝鮮平安南道)   17.158  15.595 38.170 0.9089 2.2829

 GK-2  瓮津  (北朝鮮黄海道)   16.804  15.629 37.612 0.9301 2.2383

 GK-3  三徳 (北朝鮮平安南道)   17.516  15.617 37.899 0.8916 2.1637

 GK-4  檢徳 (北朝鮮咸鏡北道)   15.387  15.216 34.867 0.9889 2.2660

 GK-5  三菱海州(北朝鮮黄海道)   16.825  15.620 37.604 0.9284 2.2350

 GK-6  豊山金山(韓国忠清南道)   19.014  15.913 40.218 0.8369 2.1152

 GJ-11 倉谷     (石川県)   18.465  15.634 38.913 0.8467 2.1074

 GJ-19 対州     (長崎県)   18.477  15.670 39.033 0.8481 2.1125

 GJ-35 尾小屋    (石川県)   18.739  15.656 39.193 0.8355 2.0915
 ──────────────────────────────────

 第9図 近畿式・三遠式銅鐸の鉛同位体比分布(A式図)

  近畿式・三遠式9鐸がすべて右上方に密集している。

  測定誤差を考慮すると、全く同じ同位体比(規格品)とみなしてよい。

 第10図 近畿式・三遠式を除いた銅鐸の鉛同位体比分布(A式図)

  33鐸がほぼ前漢鏡の範囲に分散し、第9図と著しい相違を示す。


 <原料面での推定>

 ① 銅鐸製作の初期には中国系の原料が全く無いか

   或いは乏しかったので、朝鮮系、又は北方形の原料を使った。

 ② 間もなく中国系の原料が輸入され主力は中国系となった。

 ③ 後期には規格品化された原料が輸入され

   近畿、三遠式の銅鐸が製作された。

 ④ 原料については三つの時期に分けて考えるべきである。

 <梅原末治氏の3類5型式分類の手直し>  

 第一分類   横帯文

                 朝鮮系遺物タイプ  α類

 第二分類   ①式 流水文   前漢鏡タイプ    β類

        ②式 袈裟襷文

 第三分類   ①式 近畿式   規格・前漢鏡タイプ γ類 

        ②式 三遠式   規格・前漢鏡タイプ γ類

 <銅鐸の製作年代論争> 

 弥生中期後半説  鎌木・杉原・三木

 弥生前期後半説  佐原

 ○ α類の銅鐸は中国系の原料が

   日本に入っていない時期

    BC108 年前漢の武帝による

   楽浪郡設置の前後と推定される。

 ○ 現在までの遺物の推定事例では

   前期古墳出土の仿製鏡タイプは無い(β類)。

 <参考文献>

  ③『展望日本歴史3 原始社会』石川日出志・小杉康編 東京堂出版

  ◎朝鮮式小銅鐸   5㎝~10㎝で青銅製の鈴で無紋である。

  ◎日本出土の類似品 原田遺跡(福岡県東部、嘉穂町原田)

                        5.5㎝で斜格子文

 <朝鮮系遺物タイプ>

  南部 中清南道のものが注目される。豊山鉱山で算出

  結論 泊鐸、出土地不詳横帯文鐸の原料は朝鮮系遺物タイプである。

  銅鐸分布考
  日本書紀の解明・・邪馬台国と大和王権
  青銅器の鉛同位体比の秘密
  新しく銅鐸出土地名表
  銅鐸に伴う「舌」について

《参考》


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 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 

 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

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、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
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2014年8月28日木曜日

銅鐸の古代呼称が判明した(4)

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 《古代史ブログ講座》銅鐸の古代名称が判明した

  ―その用途・機能・金属成分・製造地・発掘状況からの考察― 

  出典:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 講師:歴史研究家 黒田 光一

 銅鐸の古代呼称が判明した(4)

 <第2表の鏡・剣・鍑・小銅鐸の鉛同位体比>

  M-113  奈良名柄   多紐細文鏡
 
  SB-2  山口梶栗ノ浜 細形銅剣(長)  

  SB-3  山口梶栗ノ浜 細形銅剣(短)


 第2表 鏡・剣・鍑・小銅鐸の鉛同位体比
 ──────────────────────────────────
         東博図版目録**  206Pb   207Pb  208Pb  207Pb  208Pb
          ─────── ───  ─── ─── ──  ───
  No.    資料   頁 列品番号  204Pb   204Pb  204Pb  206Pb  206Pb 
 ────────────────────────────────── 
 M-112 多紐細文鏡 31 20188   19.177  15.788 39.712 0.8233 2.0708
    大阪大県

 M-113    〃    46   8667     18.146  15.602 38.716 0.8598 2.1336
    奈良名柄

 M-114    〃    66   7219     20.019  15.899 41.285 0.7942 2.0623
    山口梶栗ノ浜

 M-115 菱鳳鏡     90 20085   18.402  15.675 38.837 0.8518 2.1105
    福岡須玖岡本

 M-116 細線獣帯鏡 92 36783   17.713  15.517 38.269 0.8760 2.1605
    福岡小倉立石

 SB-2  細形銅剣(長) 66  7220   19.740  15.826 40.313 0.8017 2.0422
    山口梶栗ノ浜

 SB-3  細形銅剣(短) 66  7221   20.830  16.006 41.304 0.7684 1.9829
    山口梶栗ノ浜

 P-2   銅鍑      100    9141   17.748  15.558 38.430 0.8766 2.1653
    長崎佐護クビル

 D-54  小銅鐸   12  21499   17.719  15.532 38.342 0.8766 2.1639
    静岡浮島開峯

 D-55  小銅鐸           17.719  15.529 38.347 0.8764 2.1642
    栃木小山
 ──────────────────────────────────
 (註)

       出土地
      ────
 M-112   大阪府柏原市大県 

 M-113   奈良県御所市名柄字田中

 M-114   山口県下関市大字富任字久保

 M-115   福岡県春日市須玖岡本

 M-116   福岡県春日市小倉立石

 SB-2    山口県下関市大字富任字久保

 SB-3    山口県下関市大字富任字久保

 P-2    長崎県上県郡上県町佐護クビル

 D-54    静岡県沼津市東井出字開峯

 D-55    栃木県小山市田間


 <朝鮮系遺物タイプ>

  南部 中清南道のものが注目される。豊山鉱山で算出

  結論 泊鐸、出土地不詳横帯文鐸の原料は朝鮮系遺物タイプである。

  銅鐸分布考
  日本書紀の解明・・邪馬台国と大和王権
  青銅器の鉛同位体比の秘密
  新しく銅鐸出土地名表
  銅鐸に伴う「舌」について

《参考》

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 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

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2014年8月27日水曜日

銅鐸の古代呼称が判明した(3)

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 《古代史ブログ講座》銅鐸の古代名称が判明した

  ―その用途・機能・金属成分・製造地・発掘状況からの考察― 

  出典:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 講師:歴史研究家 黒田 光一

 銅鐸の古代呼称が判明した(3)

 <第1表で判る事>

  ①鳥取、泊鐸(D-40)を除く42の銅鐸がすべて

   前漢鏡タイプ1図と2図の位置が同じ前漢鏡タイプである。

   第1図

    中国鏡の鉛同位体比分布模式図(A式図)

    弥生時代出土前漢鏡と

    古墳出土鏡(主として後漢以後の漢式鏡)は

    二つの群に分かれる。

    弥生式小形仿製鏡(古式仿製鏡)の大部分は

    前漢鏡の群に入る。

   第2図

    銅鐸の鉛同位体比分布(A式図)

    大部分の銅鐸(右上方の黒丸)は前漢鏡タイプである。

    泊鐸(D-40)と出土地不詳鐸(左下の外)は

    異なった素性をもつことがわかる。

  ②この異常値、泊鐸の鏡は中国産でないどこか他の地区のもの

  ③出土地不詳横体文銅鐸(D-53)も異常値である

  ④D-40、D-53はともに朝鮮系の鉛同位対比を示している。

 <方鉛鉱の鉛同位体比>

  ◎中国産方鉛鉱は朝鮮系遺物タイプとは無関係である。

  ◎朝鮮半島でも北部のものは

   第3図から離れた位置に入り対象外である。

   第3図 朝鮮系遺物の鉛鉛同位体比分布(A式図)

    多紐細文鏡、細形銅剣がほぼ直線状に分布し、

    泊鐸(本体と舌二個)と出土地不詳横帯文銅鐸が同じ線上に乗る。

    A式図であるが、第1・第2図よりスケールが広いことに注意。




  第1表 銅鐸の鉛同位体比

 測定値ごとの誤差は省略するが、およそ下記の程度である。

       206Pb/204Pb   207Pb/206Pb    208Pb/206Pb 
 凡例 ───────────────────────────
        17.813     0.8727         2.1546
             ±0.010(0.05%) ±0.0003(0.03%) ±0.0007(0.03%)
 ──────────────────────────────────
         東博図版目録**  206Pb   207Pb  208Pb  207Pb  208Pb
         ─────── ───  ─── ─── ──  ───
  No.   銅鐸名*     頁列品番号 204Pb   204Pb  204Pb  206Pb  206Pb 
 ──────────────────────────────────
 D-1     福 井 新横江  6  7399 17.285 15.434 37.776 0.8929 2.1855
 D-2      〃  向山     8   809 17.677 15.504 38.262 0.8771 2.1645
 D-3   静  岡  芳川    10 36666 17.714 15.526 38.344 0.8765 2.1646 
 D-4      〃  木舟1   11  5715 17.739 15.545 38.407 0.8763 2.1651
 D-5      〃  木舟2   12  5716 17.746 15.537 38.392 0.8763 2.1651 
 D-6      〃    堂道    13 21639 17.699 15.517 38.301 0.8767 2.1640 
 D-7      〃  分寸    16 36664 17.730 15.540 38.393 0.8765 2.1654 
 D-8      〃  敷地    17   829 17.718 15.523 38.356 0.8761 2.1648
 D-9   愛  知  源祖    18   830 17.728 15.537 38.370 0.8764 2.1644
 D-10     〃  小島    19   804 17.800 15.529 38.338 0.8724 2.1538
 D-11     〃  伊奈    20  9984 17.696 15.521 38.326 0.8771 2.1658
 D-12    三 重 神戸    23  8374 17.602 15.527 38.232 0.8821 2.1720
 D-13     〃  湯舟    25  8618 17.735 15.543 38.409 0.8764 2.1657
 D-14  滋 賀 山面1   26   803 17.768 15.526 38.356 0.8738 2.1587
 D-15     〃  山面2   27   808 17.735 15.536 38.357 0.8760 2.1628
 D-16     〃  小篠原2 29   827 17.716 15.519 38.327 0.8760 2.1634
 D-17  京 都 匂ヶ崎1 30 34659 17.734 15.546 38.414 0.8766 2.1661
 D-18     〃  匂ヶ崎2 31 34660 17.719 15.518 38.340 0.8758 2.1638
 D-19  大 阪 恩智    32  9212 17.663 15.519 38.255 0.8786 2.1658 
 D-20  兵 庫 垂水    33 20925 17.675 15.535 38.321 0.8789 2.1681 
 D-21     〃  森北    35 37161 17.688 15.528 38.291 0.8779 2.1648
 D-22     〃  気比1号 36  7123 17.643 15.540 38.314 0.8808 2.1716  
 D-23     〃  気比2号 37  7124 17.655 15.552 38.324 0.8809 2.1707 
 D-24     〃  気比4号 38 7125 17.369 15.458 37.866 0.8900 2.1801
 D-25     〃  気比3号 39  7126 17.631 15.526 38.303 0.8806 2.1725
 D-26     〃  栄根    40  6152 17.737 15.536 38.383 0.8759 2.1640
 D-27     〃  倭文    41 37162 17.670 15.511 38.277 0.8778 2.1662
 D-28  奈 良 名柄    46  8666 17.669 15.545 38.368 0.8798 2.1715
 D-29  和歌山 林長屋谷47 35565 17.425 15.444 37.871 0.8863 2.1734
 D-30     〃  亀山1   48 34327 17.644 15.528 38.256 0.8801 2.1682
 D-31     〃  亀山2   49 34328 17.484 15.482 38.031 0.8855 2.1752 
 D-32     〃  亀山3   49 34329 17.613 15.491 38.152 0.8795 2.1661
 D-33     〃  新堂1   5021476-117.686 15.518 38.294 0.8774 2.1652 
 D-34     〃  新堂2   5121476-217.686 15.539 38.320 0.8786 2.1667
 D-35     〃  荊木1   54  9903 17.705 15.508 38.305 0.8759 2.1635 
 D-36     〃  荊木2   55  9904 17.759 15.573 38.496 0.8769 2.1677
 D-37     〃  晩稲平  56 20786 17.710 15.521 38.335 0.8764 2.1646 
 D-38     〃  大久保谷57  8983 17.720 15.533 38.371 0.8766 2.1654
 D-39     〃  雨乞    58  7127 17.725 15.520 38.339 0.8756 2.1630
 D-40A   鳥 取 泊   59 22202 18.558 15.650 39.055 0.8433 2.1045 
 D-40B   鳥 取 〃   59 22202 18.567 15.652 39.087 0.8430 2.1052 
 D-40C   鳥 取 〃   59 22202 18.564 15.657 39.081 0.8434 2.1052 
 D-41  島 根 城山1   61 20129 17.607 15.526 38.278 0.8818 2.1740
 D-42   〃  城山2   61 20130 17.945 15.558 38.542 0.8670 2.1478
 D-43   〃 中野仮屋1 62  7397 17.804 15.548 38.412 0.8733 2.1575 
 D-44   〃 中野仮屋2 63  7398 17.654 15.525 38.295 0.8794 2.1692
 D-45  伝岡山 足守    65 10419 17.713 15.541 38.398 0.8774 2.1678 
 D-46  徳 島 源田1   67 36493 17.681 15.519 38.283 0.8777 2.1652
 D-47   〃  源田2   68 36494 17.719 15.543 38.381 0.8772 2.1661 
 D-48   〃  源田3   68 36495 17.798 15.579 38.533 0.8753 2.1650
 D-49   〃  神宅    69  7898 17.771 15.535 38.353 0.8742 2.1582
 D-50   〃  浦山    70 13262 17.692 15.518 38.289 0.8771 2.1642  
 D-51  香 川 一ノ谷  75  9881 17.830 15.578 38.509 0.8737 2.1598  
 D-52   〃  羽方    78 20118 17.772 15.538 38.377 0.8743 2.1594 
 D-53  出土地不詳     111 35509 19.174 15.767 39.521 0.8223 2.0612
 …………………………………………………………………………………………
 D-30TK 和歌山亀山1鋳掛 48 34327 17.647 15.542 38.358 0.8807 2.1736
 D-41TK 島 根城山1鋳掛 61 20129 17.629 15.536 38.303 0.8813 2.1727
 D-40LT 鳥 取泊舌(大)  59 22202 19.303 15.794 39.847 0.8182 2.0643
 D-40ST 鳥 取泊舌(小)  59 22202 18.457 15.613 38.904 0.8459 2.1078
 ──────────────────────────────────
 *銅鐸名は出土地県名に通称を付けた便宜的なものである。

 **東京国立博物館図版目録・弥生遺物篇(金属器)1981年


                                      三木分類 佐原分類 杉原分類
                                       ───────────────
 出土地        通称   紋様  類型 型式 紐式     型式   編年
 ──────────────────────────────────
 福井県 鯖江市    新横江 袈裟6区 5 Ⅲ 突線2   荒神山 後Ⅰ
     新横江町石山

  〃  遠式郡    向山   〃     5 Ⅲ 扁平     向山  中Ⅱ
     上中町堤

 静岡県 浜松市芳川町 芳川   〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ
         
  〃  浜松市和田町 木舟1   〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ  
  〃  浜松市和田町 木舟2    〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ  
  〃  引佐郡蟹江町 堂道     〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ
     大字小野字堂道

  〃  引佐郡    分寸     〃   7  Ⅳ 突線4(近3)小篠原 後Ⅱ
     三ケ日町

  〃  磐田郡豊岡村 敷地   〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ
     敷地字中ノ谷

 愛知県 豊川市平尾町 源祖   〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ
     字源祖

  〃  西尾市小島町 小島   〃   6 Ⅴ 突線1   段の嶺 中Ⅲ

  〃 宝飯郡小坂井町 伊奈   〃   8 Ⅳ 突線3(参) 荒神山 後Ⅰ
     伊奈字松間

 三重県 津市大字神戸 神戸   流水    2  Ⅰ 外縁付2  気比A   中Ⅰ 
     字木ノ根

  〃  名賀郡青山町 湯舟  袈裟6区 7 Ⅳ 突線4(近3)小篠原 後Ⅱ
     柏尾字湯舟 
  
 滋賀県 蒲生郡竜王町 山面1  袈裟6区  6  Ⅴ 扁平   山面  中Ⅱ 
     山面小字高塚

  〃  蒲生郡竜王町 山面2  袈裟4区  4  Ⅱ 扁平   ? 
     山面小字高塚

  〃  野洲郡野洲町 小篠原2 袈裟6区  7  Ⅳ 突線3(近2) 清水井 後Ⅱ
     小篠原字大岩谷

 京都府 舞鶴市    匂ヶ崎1 袈裟6区  7  Ⅳ 突線3(参)  晩稲平 後Ⅰ
     下安久字匂ヶ崎

  〃  舞鶴市    匂ヶ崎2 袈裟6区  8  Ⅳ 突線3(参)  荒神山 後Ⅰ
     下安久字匂ヶ崎

 大阪府 八尾市恩智  恩智   流水  2  Ⅱ 外縁付2  気比A  中Ⅰ

 兵庫県 神戸市垂水区 垂水   袈裟6区  5  Ⅲ 扁平   山面  中Ⅱ 
     舞子坂3丁目段ノ上
 
  〃  神戸市東灘区 森北   袈裟4区  4  Ⅱ 外縁付2  渦森  中Ⅱ
     森北町

  〃  豊岡市気比  気比1号 流水   2  Ⅱ 外縁付2   気比A   中Ⅱ
     字溝谷

  〃  豊岡市気比  気比2号 流水   2  Ⅱ 外縁付2   気比B   中Ⅱ
     字溝谷

  〃  豊岡市気比  気比4号 流水   2  Ⅱ 外縁付2   気比B   中Ⅱ
     字溝谷

  〃  豊岡市気比  気比3号 流水   3  Ⅱ 外縁付1   気比A   中Ⅰ
     字溝谷

  〃  川西市    栄根  袈裟6区 7 Ⅳ 突線5(近4)小篠原 後Ⅱ
     加茂1丁目

  〃  三原郡緑町  倭文  流水   2  Ⅱ 外縁付2   気比A   中Ⅰ
     倭文庄田字笹尾

 奈良県 御所市名柄 名柄 流水・横帯 1~2Ⅰ~Ⅱ 外縁付1  磯山  中Ⅰ
     田中

 和歌山県田辺市   林長屋谷 袈裟4区 4 Ⅱ 扁平   新堂  中Ⅱ
     中芳養字林平ヶ峯 

  〃  御坊市湯川町 亀山1  袈裟4区 6  Ⅴ 扁平   亀山  中Ⅱ 
     丸山字朝日谷

  〃  御坊市湯川町 亀山2  袈裟4区 6  Ⅴ 扁平   亀山  中Ⅱ 
     丸山字朝日谷

  〃  御坊市湯川町 亀山3  袈裟4区 6  Ⅴ 扁平   亀山  中Ⅱ 
     丸山字朝日谷

  〃  有田市    新堂1  袈裟6区 5  Ⅲ 扁平   山面  中Ⅱ 
     新堂大峰

  〃  有田市    新堂2  袈裟4区 4  Ⅱ 扁平   新堂  中Ⅱ 
     新堂大峰

  〃  日高郡日高町 荊木1  袈裟6区 7  Ⅳ 突線3(近2)荊木  後Ⅱ     荊木字向山

  〃  日高郡日高町 荊木2  袈裟6区 7  Ⅳ 突線3(近2)清水井 後Ⅱ     荊木字向山

  〃 日高郡南部川村 晩稲平  袈裟6区 5  Ⅲ 突線2(近1)晩稲平 後Ⅰ    晩稲字晩稲平

  〃 日高郡南部川村 大久保谷 袈裟6区 7  Ⅳ 突線4(近3)小篠原 後Ⅱ    西本庄

  〃 日高郡南部川村 雨乞  袈裟6区 7  Ⅳ 突線5(近4)小篠原 後Ⅱ    西本庄字桑谷

 鳥取県 東伯郡泊村  泊    流水  2  Ⅱ 外縁付1  気比A  中Ⅰ
     大字小浜字池ノ谷
     
 島根県 浜田市上府町 城山1  袈裟4区  4  Ⅱ 扁平   亀山  中Ⅱ 
     城山

  〃  浜田市上府町 城山2  袈裟4区  4  Ⅱ 扁平   ?
     城山

    〃  邑智郡岩見町 中野仮屋1 流水 2(3?)Ⅲ 突線1   石の上 中Ⅲ
     中野字仮屋

    〃  邑智郡岩見町 中野仮屋2袈裟6区 5  Ⅲ 扁平   向山  中Ⅱ
     中野字仮屋

 伝岡山県 岡山市足守 足守   横帯  1  Ⅰ 外縁付1  福田  前


 徳島県 徳島市国府町 源田1  袈裟6区  5  Ⅲ 扁平   向山  中Ⅱ
     西矢野

  〃  徳島市国府町 源田2  袈裟6区  5  Ⅲ 突線1   段の前 中Ⅲ
     西矢野

  〃  徳島市国府町 源田3   ?   5  Ⅲ 突線1   ?
     西矢野

  〃  板野郡上板町 神宅  袈裟6区  5  Ⅲ 扁平   山面  中Ⅱ
     神宅

  〃  麻植郡鴨島町 浦山  袈裟6区  6  Ⅴ 扁平   牛島  中Ⅱ     大字上浦字浦山

 香川県 観音寺市   一ノ谷  流水  2  Ⅱ 外縁付2  気比A  中Ⅰ 
     古川町

  〃  三豊郡高瀬町 羽方  袈裟6区  5  Ⅲ 扁平   向山  中Ⅱ
     羽方西ノ谷

 出土地不詳          横帯  1~2 Ⅰ~Ⅱ 菱環 大石  前

 ──────────────────────────────────
 *三木分類:類型 型式

 佐原分類:紐式

 杉原分類:型式 編年


 <朝鮮系遺物タイプの鉛の産地>
  
  朝鮮系遺物タイプを特定するには

  中国の鉛が特定できないと区別できない。

  中国の鉛

   ① 前漢鏡タイプ

   ② 古墳出土鏡タイプ(後漢以後のもの)

  ※ 中国全地区の産地が分析されていないので産地名を言えない。

  ◎南部の忠清南道の方鉛鉱は類似性がある。

   第4図 朝鮮系遺物の鉛同位体比分布(B式図)

    第3図と同じ遺物の鉛同位体進化を表わすB式図にプロットしたもの。

    第3図よりも一層直線上に分布し、

    鉛鉱床の母体となる地質構成の類似性をしめしている。

   第5図 方鉛鉱との比較(A式図)

  ◎日本の中では

   対馬(対州鉱山)、石川県(倉谷鉱山)、(尾小屋鉱山)は朝鮮系に近い。

 <日本の石川県、対馬の鉱石が使われたか?>

  ◎例外的値をとる所だけが開発されたとは考えられない。

  ◎泊鐸と、その舌の鉛同位体だけ対州鉱山、倉谷鉱山に近い。

  ◎日本で出土するその他の銅鐸には使われていない。

 <異なる二種類以上の原料を混ぜて中間の鉛を合成した可能性>

  ◎ラインの両端にあるものを混ぜ合わせると中間の鉛が合成できる。

   検討する必要はある。


  銅鐸分布考
  日本書紀の解明・・邪馬台国と大和王権
  青銅器の鉛同位体比の秘密
  新しく銅鐸出土地名表
  銅鐸に伴う「舌」について

《参考》


 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
 

 
 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ