2014年9月14日日曜日

銅鐸の古代呼称が判明した(42)言語学が明かにした「銅鐸」の正体

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 銅鐸の古代呼称が判明した(42)言語学が明かにした「銅鐸」の正体


 銅鐸は兵庫県に唯(ゆい)一伝世したものがあり、

 それは御輿(みこし)のように担(かつ)ぎ回り、

 海に入って水で洗う。

 そこではサナギと呼ばれている。

 キ・ギは沖縄ではチ・ヂで、パーリ語は沖縄経由で入ったから、

 サナチをパーリ語で捜すと

 「サナチ サワン sanati savan 音を立てる。騒ぐ」があり、

 銅鐸の使い方から、「騒ぐ」の語源までわかる。

 またサンナッチ sannattiという言葉は

 「説得、勧説(かんぜい)・宣撫(せんぶ)、教える」

 といった意味をもっているから、
 
 ウッタラの仏教宣布そのものである。

 このサンナッチも南九州本土では短縮して

 「サナッ・サナキ」になる。

 これは四国ではサヌキになり、

 近畿ではサナギになり、

 中部ではサナゲになる。

 それに漢字を当てると

 讃岐(さぬき)・

 蛹(さなぎ)・

 猿投(さなげ)になる。

 讃岐は香川県。

 猿投は愛知県豊田市猿投町。
 
 そこに近い宝飯(ほい)郡小坂井町で大小の銅鐸が

 「入れ子」になって出土した。

 その様子はまるで蚕(かいこ)の踊が皮を脱ぐように、

 中にも銅鐸が入っている。

 その様子に似ているというので、

 「蛹(よう)」を「サナギ」と呼ぶようになったことになる。

 それはサンナッチ・サナチの

 聖なる宝器・銅鐸に似ているという意味だから、

 中が空(から)の「踊の抜(ぬ)け殻(がら)」を指す名詞だったのである。

 讃岐も尾張も銅鐸圏の中心から遠いが多数の銅鐸が出土している。

 讃岐は仁徳天皇=倭(ウワイ)王讃の名乗りの国。

 尾張は倭の発音「ウワイ」への当て字。

 共に強大な仏教国なのである。

《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部

 本生図と踊子像のある石柱

 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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