2014年3月14日金曜日
高皇産霊尊・神皇産霊尊(8)
「古代史ブログ講座」開講にあたって
Matのジオログ
『My ブログ』
《考古学&古代史の諸問題》
《参考:年表・資料》
出典:加治木義博
高皇産霊尊・神皇産霊尊(8)
高・コウ。皇・ク。産・ウ。霊・リ=高句麗
大国王は絶対に「俀国王」ではないことが決定的になった。
ダイ国という、そんな国も呼び方も我が国には実存しなかったのである。
しかし大国主は「ダイコクサマ」と呼ばれる。
これはなぜなのだろう?。
これは大黒様と書くので、
インドの神・マハー(大)・カーラ(黒)=仏教の天部の
大黒天のことだとすぐわかる。
鋭く対立している宗教どうしの間では、
こんなことは絶対に起らないから、
こんな各で呼ばれた大国主が、仏教系の王だったことは間違いない。
その仏教はソナカを名乗る王が引き連れた仏教宣布団が、
弥生時代に我が国まで来て、
ソナカ王子が卑弥呼と結婚して、
仲哀天皇と神功皇后とになり、
その経緯が天の稚彦の物語りとして
『記・紀』に記録されたこともよく御存知である。
『日本書紀』は稚彦の死後をこう書いている。
*『この後、高皇産霊尊は更に諸神を会して、
葦原中国に派遺する者を選ぶ。
…経津(これは賦都と発音せよ)三神がよかろう。
…甕速日神、その子・熯速日神ー」*
これをよく見ると、
高皇産霊は 高・コウ。皇・ク。産・ウ。霊・リ=高句麗。と読め、
速日はソカ=蘇我と読める。
そして蘇我は助詞ナを省略した当て字で、
本来は蘇奴我(ソナカ)=息長(ソナカ)・足中(ソナカ)と
同じ発音のソナカに対する
当て字だったことは、もうよく御存知のことである。
《Key Word》
高皇産霊尊・神皇産霊尊
高皇産霊尊・神皇産霊尊
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