2014年7月11日金曜日

大和王朝〔崇神王朝〕(1)


 古代史ブログ講座

 《古代史ブログ講座》一之宮貫前神社・富岡製糸場・龍光寺
  出典:歴史学講座「創世」 小嶋 秋彦

 大和王朝〔崇神王朝〕(1)

 大和「タイワ」「ダイワ」:θεο:(Sk.) devas<神>:(Lat.)divus 神

  (Grk.)θεο-ψιλης(theo-philes)、θεο-ψιλως(theo-philos)

      神を愛する

  (Lat.)dei-fico〔deus-facio〕神にする、神に祭る、神として崇拝する

  (Lat.)dicola〔deus-colo〕神の崇拝者

  (Ger.)deifizieren 神として崇める(祭る)

  (Ger.)Deifikation 神として尊崇すること、神(格)化

  (Eng.)deity 神聖視する、神にする(祭る) 

   〔名詞形〕deification 神聖視、神(格)化

 ※「ダイワ」とは「神として崇拝(尊崇)すること」あるいは

  「神の崇拝者」を表わしており、

  崇神天皇(記紀の第十代天皇)の「崇神」と同義である。

   和:"ワ"、"カ" phi(ψι) 、fi、co、fyの音写 

 (1)開化天皇

 「古事記」 若倭根子日子大毘々命(わかやまとねこひこおおびびのみこと)

 「日本書紀」 稚日本根子彦大日日尊(わかやまとねこひこおおびびのみこと)

  若倭・稚日本:「若」「稚」わか により新しく生まれた倭(日本)の表現

  根子「ネコ」νηα(nch(k)a)、νηας(nch(k)as) ναυς船(naus)の複数

  日子・彦「ヒコ」ψεγγω(pheggo)<形容詞>光り輝く

         =γλαυκος(glaukos 輝き)と同義でギリシャを表わす。

  毘毘・日日「ヒヒ」ψυη(phyh) 

                    身の丈、体つき(大きく立派な意味を暗に含む)

          姿体(美しい意味を暗に含む)、(一般に)体、形

   「大毘毘」により、その「姿体の大きく立派な」様を表している。

  ※天皇の語義

   「新しく成立した、

   船団を支配するギリシャ人で大きく立派な姿体の倭(やまと)の天皇」 

 (2)崇神天皇

 「古事記」 御真木入日子印恵命(みまきいりひこいにえ)

 「日本書紀」 御間城入彦五十瓊殖天皇

             (みまきいりびこいにえのすめらのみこと)

  御真木・御間城 「御」は尊敬語、

   「マキ」(Grk.)μαχη(maxi) 戦闘、格闘、争い

   また「ミマキ」とした場合「交戦する」の意味を持つ

   μειδνυμιの完了形(memixa)

   あるいはμεμιγμαι(memigmai)の音写とすれば、
 
   「戦闘(争)に勝利した」の意味を含ませていることになる。

  入日子・入彦 この日子/彦は「男子」の意味、

   「イリ」(Grk.)Ελλην(Ellin)ギリシャ人    

      (Grk.)Ελλας(Ellas)

       ギリシャ、(植民地を含めた)ギリシャ、(形容詞)ギリシャの

  印恵「いにゑ」Ιωνια(Iwonia)、Ιωνιη(Iwonie) 
 
    イオニア地方(現トルコ、小アジアエーゲ海岸にある)

    (本来の意味)ιωνια(ionia)

   スミレの咲いている所
 
   ペルシャによってここはスミレナ呼ばれるようになる日本語菫(すみれ)

  ※天皇の語義

    「戦争に勝利したギリシャの男にしてイオニア人の天皇」

   また「入」を単純に解釈すれば

   「戦争によって侵入した男にしてイオニア人の天皇」

  イオニアはアレキサンダー大王の東征に従軍し、

  その崩壊後バクトリア(中央アジア)を紀元前4世紀末から

  2世紀まで支配した王家 Euthidomos 家の出身地である。

  日本に渡来したギリシャ人は

  この後裔を中心としたグループと考えられる。

  神武東征の軍事的中心であった大伴氏の「オウトモ」は

  この Euthidomos の音写で、
 
  同家はアレキサンダー大王の世界の東端へ至ろうとした

  夢を実現したのである。

 《参考》

 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿、牛頭、空白の布幕、幕と婦人、マルタ十字紋等
 (アルパチア遺跡出土の碗形土器に描かれている) 
  

 牛頭を象った神社建築の棟飾部


 本生図と踊子像のある石柱


 Tell Arpachiyah (Iraq) 
 Tell Arpachiyah (Iraq)     
 ハラフ期の土器について
 ハブール川
 ハブール川(ハブル川、カブル川、Khabur、Habor
、Habur、Chabur、アラム語:ܚܒܘܪ, クルド語:Çemê Xabûr, アラビア語:نهر الخابور Bahr al-Chabur
 ARPACHIYAH 1976
 高床式神殿
 牛頭を象った神社建築の棟飾部
 神社のルーツ
 鳥居のルーツ

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