2014年5月14日水曜日

旧約聖書「創世記」第22章14②


 「古代史ブログ講座」開講にあたって
 Matのジオログ
 『My ブログ』
 《考古学&古代史の諸問題》 
 《参考:年表・資料》

 出典:歴史学講座『創世』:歴史研究家「小嶋 秋彦」

 課題:武蔵の坂戸・鶴ヶ島の秘密
    ―「浅羽」は旧約聖書人身御供祭事の「イサク」―

 旧約聖書「創世記」第22章14②

 「聖書」現代訳、現代訳聖書刊行会 1983年

  それで、

  アブラハムはその場所を主が備えてくださったという意味で、

  "ヤーウエ・イルエ"と名付けた。

  それで今日でも人々は「主の山には備えがある」と言っている。

 「聖書」新共同訳、財団法人日本聖書協会 1987年

  アブラハムはその場所を"ヤーウエ・イルエ"

  (主は備えてくださる)と名付けた。

  そこで、人々は今日でも

  「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。

 「聖書」講談社 1980年 

  そしてアブラハムはその場所を

  「※主がおはからいになる」と名付けた。

  だから今でも

  「山の上で主がおはらかいになる」という言い習わしがある。

   ※この一節は不確実である。

  ここではギリシャ語に基づいて訳したが、

  ヘブライ語テキストでは「主の山の上に出現された」となっている。

 「聖書」新改訳、いのちのことば社 1981年

  そうしてアブラハムは、その場所を※アドナイ・イルエと名付けた。

  今日でも「主の山の上には備えがある。」

  と言い伝えられている。

   ※アドナイ・イルエ アドナイは「主」の意。

    主は見ておられ、全ての必要を備えてくださるの意。

 「聖書」ドン・ボスコ社 1978年

  アブラハムは、

  その場所を「※主がおはらからいになる」と名付けた。

  今でも※山で主はおはらからいになる」という諺があるが、

  このできごとに由来する。

   ※地名だから、テキストではヤヴェ・イレとある。

    ギリシャ語七十人訳による。
 
    ヘブライ語テキストが不定で「神の山で、その出現(?)」とある。

 「旧約聖書」1955年改訳 日本聖書教会

  それでアブラムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。

  これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」と言う。

  羽折、脚折(鶴ヶ島市)、膝折(朝霞市)

  「ヘブライ語聖書対訳シリーズ):創世記」ミルトヌ 1992年

   יהאה YHVH   יהרה YRAH 

         ה ' יהאה
                / השמ יהאה
     羽折    脚折、膝折

  -エルイ イナドア
  ( 見る   主は  )

     בהר   יהרה      יהאה
  ーエウェイ  イナドア ルハベ
  (見られる   主の  山で )

0 件のコメント:

コメントを投稿