2013年11月18日月曜日
ミシャグチとソソウ神-8
『武蔵一宮:氷川神社』
Wikipedia:氷川神社
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武蔵一宮:氷川神社・境内案内
出典:「諏訪信仰の発生と展開」138頁
古部族研究会・永井出版企画
「穴巣始と外来霊」
『竪穴斎屋の原始性霊』
ミシャグチとソソウ神-8
湖の方角から、神域の北限、有賀のこしき原附近、
そして真志野、それに、神原の入口の道俣(みちまた)に
所末戸(ところまつ)社(土地をまつるという意味)に出場する
水平に訪れて来る神であり、地主神の性格をもっているようだ。
そして、この神は
「そそう神まわり給たれは、うれしみよろこひてつかへまつりぬ」
と申立にあるように狂喜してむかえる神で、
動物犠牲を要求する神である。
そして、
御室内の小蛇や大蛇三体に向ってこの申立をするところをみると、
ソソウ神は蛇体であると一応考える事が出来る。
以上で、「萩組の座」に登場する古層な精霊、
御左口神とソソウ神の性格を対比してみれば、
御左口神は上空より垂直降下し、
ソソウ神は諏訪湖の方より水平的に訪れ、
御左口神は巣をなす恐怖すべき男性的精霊であり、
ソソウ神は狂喜して迎える女性的精霊である。
それは蛇体をもって現わされる。
全く性格を異にする精霊が御室の内部、萩組の座において婚姻する。
古諏訪祭政体を支える構成人の心中深く
鉛のごとくにぶく重心として沈み、存在を左右する核は、
いま厳冬の神原の一画に掘られた竪穴暗室の萩組の座で、
天空にまします父なる御左口神と、
大地にまします母なるソソウ神がまぐわひ、穀霊の胎児・大祝を孕む。
ここで一言付け加えて置きたいことがある。
萩組の座に二四日に導入された御笹の御左口神の行方である。
この神体は、三月丑日に御室を出て前宮に導入されるのであるが、
この直後に、内県神使が湛(たたえ)巡りから帰って来るのである。
三月末日、所末戸神事のため「奉幣に先立ち御室御出のことあり」(『画詞』)
と記されているように、
大祝以下「御室御出」の後、もうこの御室に帰ってくることはない。
そして、古諏訪祭体七十五ヶ度の祭祀のうち、
最大の饗宴・酉の祭(大御立座神事)が、
神原十間廓において催されるが、
「禽獣の高もり魚類の調味美を尽くす今日堂上堂下郭外の儀式会す」(『画詞』)
と描出されているように神原廓とその前の地上と、
神殿郭外の三そうの道を祭場とり込んだ重儀であるが、
その儀礼の中心の神体となるのは、御杖柱であり、
「神長御杖を立てて又申立あり」と御杖柱に向って申立を行っている。
神体である。
《Key Word》
所末戸(ところまつ)社
所末戸神事
萩組の座
大祝(ほうり)
大御立座神事
御杖柱
御室神事
《参考》
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2013年11月17日日曜日
ミシャグチとソソウ神-7
『武蔵一宮:氷川神社』
Wikipedia:氷川神社
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武蔵一宮:氷川神社・境内案内
出典:「諏訪信仰の発生と展開」137頁
古部族研究会・永井出版企画
「穴巣始と外来霊」
『竪穴斎屋の原始性霊』
ミシャグチとソソウ神-7
この蛇体は三月卯日に至る三ヶ月近く巣喰っている。
「或ル人之云ク、十二月ノ祭ノ従日、次年ノ三月ノ祝之日時迄籠蛇形也」
とは、『神道縁起』の表現であり、
この本では、御室の事を巳室(みむろ)すなわち蛇の家であるとまでいっている。
読込みすぎであろうが、
蛇体が翌年春まで壙内に巣喰っている様が浮かんでくるではないか。
二十三日夜に導入された小蛇三体と、二十五日夜に導入される大蛇三体は
一連の表現で小蛇の急速な成長を表現したものであろう。
『常陸風土記』の那賀郡茨城の里の説話に、
ぬかびめのもとに何者かがきて求婚し、夜来ては昼帰り、
夫婦になって一夜のうちに懐妊し、ついに小さな蛇を生む。
浄めた杯(つき)に入れて祭壇をこしらえて安置すると、
一晩のうちに早くも杯一ぱいに満ち、さらに瓫(ひらか)に入れて置くと、
また一ぱいに満ちた。
というぐあいに急成長する小さな子の神の急成長の表現を、
ここ諏訪では小蛇三体が二晩のうちに五丈五尺の大蛇になることを
儀式的に表現したものであろう。
神霊であることをの証拠である。
ここで御左口神とソソウ神の性格を明らかにしておこう。
御左口神は樹や石におりてくる外来魂である。
それを昇げたり、降ろしたりすることを
御左口神アゲ、御左口神オロシと呼んでいる(「神長実廷手扣」)。
これは神長守矢氏の専業である。
また、二十の御左口神として、
神使六人と神主十四人の事をいっているから、
人間にも憑けることの出来るものである。
その憑ける作法は、『諸神勧請段』に
「絲ガ百ムスフ、モモムスフ、ヤエニホコレテゲギョウメサレル」
と言っている。
又『御符禮之古書』は
「神使六根の心を表す六所の結目を置く結麻を縣け、咒印を結ばしむる」
と言っている。
これは修験道の影響下にある表現であるが、
上空から降ろした御左口神を、麻糸で結んでその結目に封じ込め、
体に憑けるのである。
それを解き放つとき、御左口神アゲである。
このスプリットは上空より垂直的に降りてくる。
そして恐怖すべきスプリットである。
『画詞』は言う。
「若し触ある時は、此神必祟(たたり)をなす、鷹犬に至るまで其罰を被る」と。
一方のソソウ神であるが、
十二月の所末戸社の神事の申立(祝詞)と、
翌二十三日夜の小蛇三体に対する申立と二十五日大蛇三体に対する申立と、
二十五日の二十番の舞曲のうち第三の外県の惣領申、
それにまた春の三月末日の所末戸社の神事の申立と、
何度も繰返し、ソソウ神の出現のさまが申立てられているが、
その言葉の中にソソウ神の出現する場所として、
「みちのくち」「みちのなか」「みちのしり」と出てくる。
「みちのくち」は真志野、「みちのしり」は有賀と二十三日の申立には出るが、
よりくわしく外県の惣領申の舞曲では、
道の口の真志野は「のやきの原」、
道の尻の有賀は「こしき原」と御狩場所を言っている。
みちのなかは不明である。
以上によって宮地直一氏は言う。
「さうすると、神原を本位として、此処に入る西北よりの街道沿ひに
道の口、中、後の三所を区別し、就中より近い真志野を以て口に
やや遠い有賀、即ち四至の限りを以て後に当てたのは、
略ぼ明瞭であらねばならぬ。……仍つて按ずるに、
此神は西北の方湖口の辺より来って、
或は近く或は遠く沿道の所々に現はれ、
神原に饗を受くるを年々の習ひとせられ来つたのである。」と
《Key Word》
所末戸社
《参考》
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2013年11月16日土曜日
ミシャグチとソソウ神-6
『武蔵一宮:氷川神社』
Wikipedia:氷川神社
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武蔵一宮:氷川神社・境内案内
出典:「諏訪信仰の発生と展開」136頁
古部族研究会・永井出版企画
「穴巣始と外来霊」
『竪穴斎屋の原始性霊』
ミシャグチとソソウ神-6
御左口神とソソウ神を格納する事について『旧記』をたどってみよう。
厳冬の十二月十二日、所末戸社神域において稲束を重ねた上に
夏鹿の皮を敷き、その上に幼童の大祝が座し、饗宴する。
その後に御室入りとなる。
これを『絵詞』は「穴巣始(あなすはじめ)」とよんでいる。
この穴巣始の直前に催す所末戸社の儀礼は
御室に導入する御左口神とソソウ神、
それに神である大祝への外来魂を強化して、
いよいよ長期間の籠りに対するいそしぎである。
この神事を一の御祭として特別なとりあつかいをなし、
十三所中の筆頭に前宮ではなく
所末戸社を置いている意味は深く理解する必要がある。
「ところまつ殿の葦またみさくうし組申葦は御室奉行の役にて出之」(『旧記』)
を見れば、御左口神に関連した葦が出現している。
それに、所末戸社の申立(祝詞)ではソソウ神の出現をうたっている。
冬期の長期間をこもるにあたっての大祝の外来魂の降霊ないし強化、
御左口神、ソソウ神の集中的出現であり、
神原の入口にある道俣からいよいよ、神原御室内に穴巣始するのである。
(その他、山の御手幣八、似馬二疋、御柏八重など
御室に導入されるものも既にここにそろっている。)
さて十二月二十三日夜小蛇三体が御室内に導入されている。
神使と同様に大県、内県、外県より一体ずつ出され、
かざりの麻、神を出して御房をかざり
神霊をつける時に申立(祝詞)を行っている。
夜の神事である。
(『画詞』の権祝本と神長本・凝祝本は大幅に日付、内容が異なるので
『旧記』を中心に以下復原する。)
二十四日において
「萩組にて御笹左より入せ給、御正躰は右より入せ給」(『旧記』)
と描写しているので、いよいよ荻組の座に御笹の御左口神が左頭より、
小蛇三体が右頭より導入されるのである。
この御笹の御左口神は三月丑の日に御室を出て、
前宮に運びこまれるまで、この萩組神座に位置するのである。
二十五日夜、大蛇三体が導入される。
やはり、大県、外県、内県より一体ずつである。
神長本『画詞』は「萱の御正体」と言っている。
体長五丈五尺、太さ二尺五寸の大蛇である。
又折(長さ四尋一尺、
まわり一尺八寸)といわれるものがつけられている。
この大蛇体を導入し、「むさて」と呼ぶ粧りの麻、
紙をつけて神霊を付着し終わり、この精霊を迎え出た、
神長、神使がこの蛇体に向かって口習の申立をなす。
この申立が終ってこの五丈五尺の大蛇体はとぐろを巻いたかたちに
おり重ねられて、やわらくしなう「はんの木」で結びとめられる。
そこで歓迎の廿番の舞曲を行っている。
この一連の神事は徹夜でももって行われた。
これを「大夜明(おおよあかし)」の神事と呼んでいる。
《参考》
世界史年表・地図
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ミシャグチとソソウ神-5
『武蔵一宮:氷川神社』
Wikipedia:氷川神社
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武蔵一宮:氷川神社・境内案内
出典:「諏訪信仰の発生と展開」135頁
古部族研究会・永井出版企画
「穴巣始と外来霊」
『竪穴斎屋の原始性霊』
ミシャグチとソソウ神-5
御室内部にしつらえた斎屋としては、
「はきくみ」は神事内容において最重要な役割を
果たしているように思われる。
『旧記』を中心に追ってみると、
次のような点が判ってきた。
一、「穴巣始」から「御室御出」に至る冬期神事劇の拠点となる
竪穴斎屋の御室の内部にしつらえられたもう一つの建築構造物である
御左口神とソソウ神が婚姻し、孕む精霊の叢祠である。
二、御室内部には、
神事集団(五官祝)や氏人要人達が入る神体である大祝と、
二次大祝である神使で、その神体を背後で見守る神長のみである。
いわば玉座である。
三、古諏訪祭政体の幼童の現人神・大祝が、
ここに入って「大のっと」する重要な宣詞台である。
四、一月一日、前年度の神使が、一年の神役を終るに際して、
その座を退出することによって、
神的状態を脱して、通常の人間的状態に服する人格転換の場である。
逆に言えば、この座に入ることによって神性を帯びる神聖装置である。
古諏訪祭政体の中枢をなす御左口神とソソウ神、
神である大祝と審神者(さにわ)である神長が、
厳冬期にこの土壙内の萩組の座に集中して相座する
最秘所である点が判ってきた。
おもしろいことに、タケミナカタ神などは、
最も重要なこの場所に全然姿を現さず、
古層なスピリットである御左口神とソソウ神が、堂々と占拠している。
諏訪社の祭祀と仮家
《参考》
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2013年11月14日木曜日
ミシャグチとソソウ神-4
『武蔵一宮:氷川神社』
Wikipedia:氷川神社
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出典:「諏訪信仰の発生と展開」134頁
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「穴巣始と外来霊」
『竪穴斎屋の原始性霊』
ミシャグチとソソウ神-4
後に検討するように萩組の座に
十二月二十三日に御左口神が導入されている。
この萩組の構造物を強調する時に、
「はきくみ」と呼び、
その構造物の中にある御左口神を強調する時に
「うたつの御左口神」と表現していると理解すれば、
疑問を解けるが、一応近くにある別の二つの施設と考えておく。
萩組の座は御室内西より棟柱をもち、前面の南と東の角に柱をたて、
背後に西北側にたてかけて両側に桁をもち
前面を萩のしなる枝で構んだ祠を想起する。
また、うたつの御左口神は西側の妻の部分を葦組でもって塞いだ
その前面に置かれたものであろう。
西奥側を御左口神としたのは、
小坂村の御頭屋敷が西側の二坪を御左口神の場にあてている点や、
御左口神を踏査された今井野菊氏が、
屋敷の西側に御左口神を祀っている点を指摘されているのを参考とした。
ここで、
何故「御左口神上波風、葦巣奉塞之事」(伝「信重解状」)としたか。
私は御左口神を、上空より降ろす時に、
葦という植物が一番より憑き易いと考えた古代人の思考を意味すると考える。
他の建物でみるならば、春の御立座神事の頭那の頭屋が参考になる。
天明四年の御頭規式帳に描かれた
小坂(おさか)村の御頭屋敷の平面図の西側の二坪を上座にあて、
この上座に御左口神を勧請したものであるが、
その天井を「よし」で葺いている。
又、後世最も重要な場となる大祝の内御魂殿の天井も
わざわざ守屋山中でとれた葦で葺いている。
天空より御左口神を憑けたものである。
建造物に限らず、大祝即位の時、三本の「ひいらぎ」の樹の下で
要石の上に葦を敷き、その上に少年が座り、大祝になる。
春の御頭祭に出現する御杖柱という神霊の降りる柱の下にも
わざわざ葦を敷いている。
これらを総合して考えると、
御左口神が上空より降りてくる磁場として葦という植物を
最良のものと考えたものであろう。
図:小坂村御頭屋平面図(『諏訪史』第二巻より)
『諏訪史』第二巻
小坂村御頭屋平面図
諏訪社の祭祀と仮家
《参考》
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2013年11月12日火曜日
ミシャグチとソソウ神-3
『武蔵一宮:氷川神社』
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ミシャグチとソソウ神-3
もう一つ「うたつの御左口神」(『旧記』) という構造物であるが、
十二月晦日、寅の時に「うたつの御左口神之御前にて」
ひの木のふしに「御あかしまいらせて」いる。
新たなる神聖な火をおこす行事をこの
「うたつの御左口神之御前にて」行っているのであるが、
その上の破風は葦組でもって塞いでいる。
「御室内の御左口神上破風、葦巣奉塞之事、毎年如斯」(伝『信重解状』)、
また「みさくしくみ申あしは御室奉行役にて出」(『旧記』) とある。
これは、竪穴式住居の
「大穴の上に架せられた切妻造の覆屋に相当するのであり、
この妻の部分が御左口神の上の波風で、
之を塞ぐに葦組の賽を以てするのである。」(『諏訪史』第二巻後編)
という宮地氏の見解が説得力を持っている。
神長本『絵詞』 の祭一月一日は言う。
「去年神使皆うたつの御左口神より
すめりてをりゐと成させて御左口神をしたて申、
護符をしたためて神長役にて所々へ差当るなり」と。
一年間の重役をはたした六人の幼童神使達が、
このうたつの御左口神より退出することによって
正式に退位(おりい)するのである。
重要な祠であることを示している。
この同じ部分を『旧記』にみると、
「神使殿はきくみよりすへりくい給候」と記してある。
もしどちらの描写もが間違いでないとすれば、
「うたつの御左口神」=「萩組の座」となる。
あるいはその近くにあったものであろう。
御室想像図―屋根は萱葺、竪穴には萱畳24枚を敷く(『旧記』により復原)
ソソウ神(蛇体)を右より導入
↓
萩組の座 大穴 出入口
↑
御笹のミシャグジを左より導入
『My ブログ』
スメル8千年
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歴史徒然
ウワイト(倭人):大学講義録
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ひねもす徒然なるままに
「終日歴史徒然雑記」
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ミシャグチとソソウ神-2
『武蔵一宮:氷川神社』
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出典:「諏訪信仰の発生と展開」130頁~141頁
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「穴巣始と外来霊」
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ミシャグチとソソウ神-2
この神事用の竪穴斎屋は、古代においては各地にあったようである。
オオアナムチが、さまざまな厳しい試練を受けた後に、
スサノオに入れられる「八田間(やたま)の大室(おおむろや)」は、
かなり広いことを形容している。
また
「忍坂(おさか)の大室(おおむろや)に 人多(ひとさわ)に
来入り居り 人多に 入り居りとも」という歌は、
弟エカシが、宇陀高原の忍坂の大室で、
ツチグモノヤソタケルに饗をした時にうたったものだ。
また、冬の十一月に
「片岡の大室の中に有して、独大牀に臥しまして」いた
タギシミミ命が、ジンムの子らに殺されている。
この大室、大室屋、大室とすべて大の字がついている。
これは単に空間的に大きい土室という意味だけでなくて、
聖なる土室という意味で大がつけられたのであろう。
一つはオオアナムチの成人戒用の土室であり、
一つは大饗宴の行われた土室であり、
一つは、王が大床に臥していた土室で、
ふだんのの日常住居としての竪穴とは異なる斎屋である。
『記紀』の神話は、
諏訪神社前宮神原の御室(みむろ)を理解するのに役立つ、
と同時に逆に神原御室の竪穴内で行われる神事劇は、
既に他地域では神話化されて、
全て消え去ってしまっている古代の実体的な神事劇を、
中世に至るまで秘儀として唯一持続していたことを物語っている。
この大室の竪穴式斎屋内に一つの重要な神事施設が組まれている。
「萩組の座」(『画詞』)である。
伊藤富雄氏は言う。
「はきくみは萩組である。
絵詞に『萩組の座』とあるから、御室中の一の座席である。
組は構造の意であると思われる。
十二月身廿二日の條御左口神の祠を作ることを、
『みさくしくみ申あしは御室奉行役にて出』と記して居る
その『組』の義である。
御室は土室であるからその中に萩を以って組みたる座席を設備し
之を大祝の座に充てたるものであろう」(「諏訪上社中世之御頭」)と。
しかし『旧記』の<みむろ作申郷々役の事>では、御室の用材を記した、
そのすぐ後に続けて
「一、はきくみの東の角・上原、上桑原、
一、南の角は真志野、栗林、
一、むなき・ましの、上原、上桑原、
一、けた・にし・真志野、くりはやし両條、ひかし、かみくははら」と
表記してあるので、棟木をとおし、東西に桁があり、
東と南の角に柱をもち、おそらく西と北の角は御室にもたせかけた、
御室内の建築構造物であり、
萩を以って組まれた大祝の座席以上の建築構造物と理解される。
宮地直一氏は、
萩組の座を、御室の外の入口近くに設けたように理解しているが、
私は神事の運び方やその内容から考え、
又、角が東と南だけがしかない点で、
御室内部中央の北の桁に接して、
棟木を真直角にわたし、西の桁、東の桁をもうけたものと理解する。
家屋内家屋という点では、
前号で北村皆雄氏が「生島足島神社」の分析を行った中で、
神の性格は大和朝廷系列の国土生成神であるが、
祭祀は古諏訪祭式によっている点を明らかにした。
竪穴の土室そのものを神体とし、
覆屋の中にまた一つ斎屋があって神座としている点、
御こもり神事では、
冬期の長期間に諏訪神がこの御室の中に入って
春になるとなって出てくる点で、
諏訪神を御笹の御左口神におきかえれば、
前宮から御室に入り、
また春になって前宮に入られる諏訪神社の御室神事における
御左口神と酷似している。
おそらく「生島足島神社」は、祭祀場の御室が固定化され、
遂に竪穴の土室そのものが神体化されたものであろう。
小坂円忠氏にならい
「冬は穴にすみける神代の昔は誠にかくこそありけめ」と言いたくなる。
その中にある斎屋は、
御室の中にあったであろう荻組の座を理解する授けとなる。
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