2015年12月4日金曜日

大倭神社(日本創世紀)


 出典:歴史学講座『創世』:歴史研究家「小嶋 秋彦」


 ※出典:日本創世記:185・186頁

  (4)ヤマト:「大倭」「倭国」「大和」「倭姫命」「日本」

  前記(3)で紹介した YMYT 〔海人〕が

 また「ヤマト」との表音になっている。

 日本史上の諸資料に「ヤマト」呼称で登場する漢字表記は

 「大倭」「倭国」「大和」「倭姫命」「日本」の5例である。

 前の二者は奈良盆地での呼称用語である。
 
 「大倭」の由来は、本書(日本創世紀)第4章で紹介したように

 本来「オウハ」で abha〔光、光明〕の音写で、

 また、「大和」は「ダイファ」で、

 第6章で「崇神」の語義であることを紹介した。

 両表記とも当て字で、「やまと」とは読めない。

 「ヤマト YMYT:海神」は伊都国の東漸した人々が勢力圏とした

 和歌山県〔紀伊国〕伊都郡(橋本氏など奈良県との境界)に

 入った人々がまた奈良盆地に移住定着して同地を

 「ヤマト」と呼び慣らしたことから始まった用語である。

 伊都郡内にある「久度山」はそこにそういう山名も

 ないことからしても「クドヤマ」はヘブライ語の

 KDYM 音写で「東の、東方」の語義で、当地が「東方の伊都」を表わし、

 九州の伊都国の勢力が東方へ伸張してきたことをすでに示した。

  また『古事記』、『日本書紀』に「海人」の確かな情報が

 「大倭」の由来として記述されている。




 

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