2013年12月6日金曜日

洩矢・有賀・県・御頭とアラハバキ[荒吐]・大宮-3:御室神事の次第-4


 諏訪大社

 諏訪大社

 『武蔵一宮:氷川神社』

 Wikipedia:氷川神社

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 武蔵一宮:氷川神社・境内案内

 洩矢・有賀・県・御頭とアラハバキ[荒吐]・大宮-4

  こうした次第にのっとてとり行われてきた御室神事が、

 その後の、風流的な要素を加味し、

 時代とともに変容をとげたことはいうまでもない。

 室町期に記録されたこれらの次第も、

 すでに最多の変遷を経て当世風にアレンジされたものであろう。

 そして神事の中にはその意図の不鮮明な要素も含まれているのである。

  福原敏雄氏は『御室神事と廻湛神事』(大阪市博物館『研究紀要』)という

 論考で次のように述べている。

  稲の形で示現する稲魂霊大祝が収穫から播種までの三ヶ月にも亘る期間、

 繰り返し胎内的御室に籠って神事を行なうことによって、

 稲が大地との接触を保ち、その生命力を再生する。

 まさに稲の産屋である。

  福原氏は、また、新天皇が忌み籠りした

 大嘗宮の悠紀殿(ゆうきでん)、主基殿(すきでん)の外観が、

 萱葺き萱壁の黒木造りであることなど、

 御室との類似性を説いておられる。

 当地の故宮地直一氏は『絵詞』を参考に、

 御室について次のような想定をしている。

  土塁を作り、柱を立てて棟を高め、萱葺きの屋根を載せ、

 波風(はふ)は葦でふさぎ、そして垂木を土で支えている。

 室内には萱葺きの小祠としての御左口社、萩組などが置かれ、

 その他に大祝と神長の座も設置されていた。

  これを読むと御室は大型の稲の産屋的なものに

 変貌していることはまちがいない。

 かっての御室は山中の岩室の中に神を祀ったものと考えられるが、

 こうした単なる神の隠棲地であったものが、

 神や人の胎内的空間に変容し、

 やがて、

 稲やそのほかの生命体の再生を象徴するものに

 発展したというのが実態ではなかったろうか。

  御室神事が冬至を中心にして、

 人心の再生、豊作祈願を目的とした神事であることは、

 次第の内容などから、充分に推察されるところである。

 しかし、この記録は室町期のものであり、

 原初の形態に比べたら、かなり様式化がすすんだものと思われる。

 本来の御室は、次の三つのような要素の濃い行事であったと考えている。

  (1)『古事記』のイザナギ、イザナミによる「黄泉国訪問」にでてくる

   「黄泉平坂」のような空間である。

   つまり黄泉国(死者の国)と現世の間に位置し、

   生死をつかさどる空間でもあったのである。

  (2)蛇は寒くなると、土にもぐり、春になると、

   地上にあらわれるという回帰性の動物であった。

   蛇体の行動を模した再生のための空間が御室であった。

  (3)御室を母体(あるいは女陰)と考えると、

   「ミシャグチ(男根)を女陰という空間に降ろす行為」は

   一種の生殖行為を暗示していないであろうか。

   原初の人たちの倫理観や禁忌行動は、

   明らかに現代人のものとは異なっていたのである。

  (1)の「黄泉国のイザナミに八雷がとりつく」という描写がある。

   古代では雷=蛇という考え方があること、黄泉国、黄泉平坂、

   現世を往来できるのが蛇であるという思考もあることなどから、

   蛇は再生観と結びついている。

    しかも、男根(ミシャグチ)は蛇と形態などが似ていることから、

   黄泉平坂…蛇…男根(ミシャグチ)という三者の関係が成立する。

   三者は重なりあって、再生観、竜蛇信仰をより濃密にしたことであろう。

    また(1)の黄泉平坂は、人格神が登場した以降の記述である。

   遠く天寿国波堤国(インド)におけるリンガ、ニーガが

   シヴァ神を洞穴の中で守護している形態を想起させないこともない。

   というのは、『諏訪明神絵詞』などには、

   天寿国波堤国という記述が登場するからである。

   原初は(2)と(3)が結びついたような考え方であったものが、

   人格神や神話の時代などを経て、

   中世の「御室神事の次第」のような様式に移行していったのであろう。

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